ブラックボックス化戦略と特許戦略の使い分け,契約戦略
[2006/03/28]
日本の電子産業企業が東アジア地域(中国,台湾,韓国)に進出する際,経営上の課題として浮上してきた知財ガバナンスの詳細について,典型的な選択肢であるブラックボックス化戦略と特許化戦略の使い分けと,知財ガバナンス上で問題になりやすい他社との契約戦略について議論する。 ブラックボックス化戦略と特許化戦略は事業戦略に合わせて使い分けを ブラックボックス化戦略と特許化戦略には一長一短があり,どちらかの戦略に偏るのは危険な場合が多い。近年,ブラックボックス化戦略の利点が強調されがちだが,相当の欠点も存在する(図1)。両者の利点と欠点を理解し,適切に選択もしくは組み合わせていくことが肝要である。 ブラックボックス化戦略の利点は,その技術を競合他社に知られにくいため,公知化もしくは陳腐化するまでは優位性を確保しやすいことである。逆に欠点は,機密情報管理の不足や欠如によってノウハウが一旦流出すると損害賠償や差止請求などの法的手段を行使しにくいため,流出時のリスクが大きいことである。流出の主な原因としては,(1)情報開示時の契約管理の不備,(2)人材流動化に伴うノウハウの流出,(3)リバース・エンジニアリング,などが考えられる。 特許化戦略の利点は,排他的独占権が得られるために技術の独占や他社への技術ライセンスといった様々な選択肢を持てることである。また他社の特許権侵害に対しては,損害賠償請求や差止請求などの法的手段を行使できる可能性が高い。逆に欠点としては,技術の内容を競合他社に知られてしまうことがある。特許を出願すれば必ず公開されるため,技術の内容を競合他社が分析し,キャッチ・アップしてくる恐れがある。特許が成立して登録できていれば,侵害に対して権利を行使できるが,登録できなければ技術を競合他社に教えただけになってしまう。 知財戦略を検討する際は,このようなそれぞれの戦略の利点と欠点をよく理解し,自社の事業戦略に合わせて使い分けることが肝要である。例えば,特許化できた場合に侵害の立証や権利行使が容易か否かを吟味し,侵害の立証が困難な場合は多い製造技術などはブラックボックス化戦略,侵害品が入手しやすく立証が容易な製品技術は特許化戦略を採るといった使い分けをしていくと良い。 このようなブラックボックス化戦略と特許化戦略の使い分けを実践している企業として,シャープを挙げることができる。同社は,基幹技術や基幹部品,製造装置についてはブラックボックス化戦略を適用している。この時,ブラックボックス化戦略においては情報セキュリティ・マネジメントが大切なため,これを徹底している。工場に納入する製造装置の設計・納入を1社に任せずにパーツに分割して数社に発注するなど,コスト増を甘受しても,製造装置に関する機密情報を分割して全体像を第三者に知られないようにしている。一方で,ライセンス供与やクロス・ライセンスが自社の事業拡大につながると判断できるような技術に関しては,積極的に特許化戦略を適用している。 図1
商談の際は情報開示の可否と契約に含まれる条項の明確化が重要 契約戦略は,事業を進める過程で取り引き先や提携先などに機密情報を公開する際に検討する必要が出てくる。FPD産業においては,製造装置メーカーがパネル・メーカーに製造装置を納入するまでに,初期商談,α機の納入・評価,β機の納入・評価,の各段階がある。それぞれの段階で様々な主旨の契約を結ぶ場面がある。それぞれに対し,事前に社内で機密情報の特定と社員の機密情報に対する意識の共有を図り,契約前の情報開示や契約交渉の進め方,契約内容の精査,契約後の対応などを適切に実施していくことになる。 初期商談の段階では,契約を締結しないまま当該装置の仕様やレシピを開示してしまうことは,事業上のリスクは非常に大きくすることになる。この段階では,量産機の発注が不明確なため,量産機を納入できない場合に法律の面だけではなく契約の面からも保護が受けられなるからである。このため,この段階では開示できる情報と開示してはならない情報を社内で峻別した上で相手先と交渉し,将来の営業活動や研究開発活動の妨げとならない情報の授受に留めることが重要になる。 α機の納入・評価段階では,秘密保持契約や賃貸借契約の締結が一般的である。その中の条項として,秘密保持条項や目的外使用禁止条項,同一または類似の研究開発の制限といった将来の第三者への販売や第三者との提携を妨げるような条項が規定されることがあるため,この点に留意する必要がある。 β機の納入・評価段階では,秘密保持契約を締結した上で,装置メーカーが独自仕様のβ機をパネル・メーカーに貸与し,このβ機をパネル・メーカーが評価することになる。この段階では,製造装置のハードウェアやプロセスの改善に関する改良技術,プロセス・レシピや評価データなどのノウハウ,トレード・シークレットなどが生まれる。この際,例えば製造装置メーカーの既存知財と同様の内容の知財が両者間の研究成果として生まれてくる可能性がある。このような知財の権利を予め確保するため,特許出願しておくなどの対策が必要になる。また,この段階で生じた新規の知財についても,その帰属に関して両者間でのトラブルが生じないようにしておく必要がある。 |
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 産業イノベーションHOME | 電子産業・成長戦略フォーラム |
| FPD業界・装置・部材メーカーの東アジア進出課題 | Copyright (c) 2005-2013 TechnoAssociates, Inc. All rights reserved. |