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Π字型MOT人材で目本の競争カ復活へ
慶大ビジネス・スクール教授,許斐義信氏に聞く(上)

 近年,技術立脚型企業を取り巻く経営環境や競争条件が大きく様変わりした。変化に対応しきれず,成長戦略を描けない企業が出ている。特に,開発した技術を事業化に結び付けるプロセスや,市場に送り出した技術や製品をデファクト化していく戦略構築に,多くの経営者・技術者が,かつて経験したことのない壁を感じている。そこで注目を集めているのが「技術経営(MOT)」である。優れた技術や良い製品さえ作れば売れた時代は終わり,技術のマネジメントやマーケティング,提携戦略を的確に実施できることが不可欠になっている。MOTに精通し,数多くの企業再生,経営構造改革を手がけてきた慶應義塾大学ビジネス・スクール教授の許斐義信(このみ・よしのぶ)氏に,技術立脚型の日本企業における,今後の経営のあり方を聞いた。

日本的経営の強さはどこにあったか
 日本企業のMOTの系譜をたどっていくと,現在直面している問題の多くは,根本的には日本的経営のあり方と深い関係がある。
 1980年代後半まで向かうところ敵なしといわれた日本の技術系企業は,例えばソニーに代表されるように,世界の誰も作れないようなヒット商品を次々と送り出し成長を遂げてきた。当時の日本の技術者たちは自信に満ち,企業は自由闊達な空気に溢れていた。開発・技術者はやりたいことをやっていれば,全体としてもうまくいっていた良い時代で,現場の意思が先行し,良い意味での「放任状態」にあった。
 この当時の日本的経営にはいくつかの特徴があった。(1)基礎研究より開発事業を優先させて効率的だったこと,(2)生産技術に圧倒的な強さがあったこと,(3)開発,製造,営業などの組織間の連携が良く開発と事業化の間にしばしば存在するデスバレーが問題とならなかったこと,が挙げられる。人間と企業の関係の密着度が高いことが,日本的経営の重要な構成要素で,1980年代はそれらがすべてプラス方向に循環していたといえるだろう。しかし,そうした環境下で経営に求められたのは調整能力や管理能力で,逆に戦略的な経営者が育ちにくいという土壌が生まれてしまった。


慶應義塾大学ビジネス・スクール研究科教授の許斐義信(このみ・よしのぶ)
昭和42年に慶應義塾大学機械工学科を卒業,昭和42〜44年に三菱商事に在籍,昭和51年に慶應義塾大学工学研究科博士課程を修了,昭和55〜58年に三井物産に在籍,昭和60年〜平成3年にコパルに在籍,昭和63年〜平成3年に中央クーパースアンドライブランド・コンサルティング顧問。この間を含め,昭和51年〜平成11年に数多くの企業の経営構造改革や企業再生に取り組む。平成11年より現職。

米技術産業の復活と競争条件の変化
 このように日本企業がわが世の春を謳歌していたころ,1985年のプラザ合意を歴史的転換点として,米国は官民共同で巻き返しの戦略,復活・再生シナリオを練り上げていた。日本の強みだった生産技術に関しては,徹底的に研究し,日本とは別の方法,すなわちシステム化によってキャッチアップを果たした。その上で,軍事技術の民間への転用を通じて,世界を席巻したインターネット技術や携帯電話の基盤となるCDMA技術など米国が圧倒的な強みを持つ技術分野を生み出した。さらに,技術流出やパテント保護の問題にも着手し,日本企業の競争力を抑える戦略を構築していった。
 この結果,米技術系企業の再生と並行して,気が付くと競争の前提条件そのものを変えられて目本企業の従来の強みが発揮できなくなってしまった。このような状況が,この10年余り,日本の技術系企業の多くが経験してきたことではないか。見方を変えれば,日本企業があまりに勝ちすぎたために,追い込まれた米国企業が政府と共同で競争の土俵そのものを作り変えるという戦略に出たと考えることもできる。

ソニーが苦戦している理由
 このような日本企業の典型例として,ソニーを挙げることができる。現在,デジタル・オーディオ分野で米Apple Computer Corp.の「iPod」に先行を許し,必死に巻き返しを図っているが,従来の競争条件を前提にすればソフトとハードの両面で大きな市場支配力を持っていたソニーがAppleに遅れを取ることはなかったはずだ。しかし,「iPod+iTunes」という,音楽コンテンツの流通や著作権など知財のフォーマット自体を根底から変えてしまう競争相手が出現したことで後手に回ってしまった。
 従来,経営資源というと,人,モノ,カネの3要素が挙げられていたが,現在はこれに技術と情報を加えた5つの要素(五角形)で考える必要がある。技術コンソーシアムを形成したり,斬新なビジネス・モデルを構築したりすることで,市場のフォーマット全体を押さえてしまうフォーマットーホルダーと呼ばれる存在が独り勝ちするという現象が現れているからだ。日本の技術系企業は,今でも数多くの強さを持っていると思うが,マネジメント領域で戦略性が欠けているのが大きな弱点といえるだろう。
 ・世界で初めて第3世代(3G)の携帯を製品化したにも関わらず,NTTドコモは,なぜ世界市場を掌握できないのか
 ・欧州の航空機技術から生まれたAirbus社は,世界の航空機市場をリードしているのに,日本の新幹線の技術は,なぜ世界に出ていけないのか
優れた技術,良い製品を作り出しているにも関わらず,戦略性の欠如から市場の席巻できていないは例枚挙に暇がない。目本的経営の良さを保持しつつ,戦略的経営を付加して新たな目本的経営モデルを生み出す努力が何よりも必要だ。

Π(パイ)字型人間の育成が必要
 このことは,結局のところ人材育成の問題に行き着く。MOTというと「エンジニア・技術者が経営の知識やノウハウを身に付ける」というように狭く理解されがちだが,私は,技術立脚型の企業の経営層,中間管理職層が,技術に関する知識やノウハウに加えて事業家的視点,資本家的視点を持つことが,技術経営の本質になくてはならないと考えている。高い専門性と幅広い素養をもった人材を「T字型人間」と表現したが,技術経営の分野で今後必要とされるのは,本来の専門性に加えて,もう1本の柱,別の専門性を合わせ持つ「Π(パイ)字型人間」といっても良いだろう。
 今後,日本企業の復活に必要なのは,中間マネジメント層の能力向上である。かつて日本企業の躍進を支えたのは,中間管理層の技術に対する目利き力だった。次世代の主力となる技術が何なのかを的確に嗅ぎ分け,企業は経営資源を集中させることができた。競争条件が変わったことで,その目利き力は昔ほどの輝きを失っている。技術を分かっているだけでは,先が読めなくなくなっているからだ。技術に加えてプラスαが分かる,新しいMOT人材を育てることが,日本企業の競争力復活のための条件になるだろう。(次回に続く


日経BP社は,慶應義塾大学ビジネス・スクール,日経メディアマーケテイングと共同で「技術経営実践能カ養成スクール」を開講しており,許斐氏はこのスクールの講師を務める。
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