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コラム・イベント

2015.07.27

視野を広げていかに健康社会と予防ビジネスを消費者と成立させるか
第3回「健康長寿ループの会」で企業・大学が議論

 「専門的な研究を突き詰め、その成果を社会実装に繋げるためには、視野を広げることが重要」。こう語るのは、東京大学COI「自分で守る健康社会」機構長の池浦富久氏。東大COIは、文部科学省が推進する社会実装を目指す研究開発プロジェクト「革新的イノベーション創出プログラム:COI(センター・オブ・イノベーション)」の研究拠点の1つとして、健康長寿社会の実現向け、企業と様々なテーマで研究活動に取り組んでいる。同COIが半年に1回開催する「健康長寿ループの会」は、COI拠点間、産業界が枠を超えてオープンな議論、交流を図ることで、まさに研究の視野を広げて社会実装、事業化への入り口を探索する場となっている。6月9日に開催された同会のパネルディスカッションでは、ヘルスケアビジネスに取り組むサービス、デバイス、ICT、食品企業各社と大学関係者が、「生涯ウェルビーイング」をテーマに議論を交わした。

会場

(パネリスト)
弘前大学医学研究科長 中路重之 氏
健康ライフコンパス 代表取締役社長 佐藤龍平 氏
ニチレイフーズ 研究開発本部知的財産管理グループ グループリーダー 武永早苗 氏
オムロンヘルスケア 執行役員専務 医療事業・健康サービス事業担当 小林洋 氏
日本IBM執行役員 スマーター・シティ事業担当 吉崎敏文 氏
ルネサンス 取締役常務執行役員 高崎尚樹 氏

(モデレーター)
エーザイ 上席執行役員 鈴木蘭美 氏

消費者を飽きさせない仕組みづくり

鈴木氏: 「ヘルスケアビジネスが成功するポイントの一つは、提供するサービスをいかにユーザーに飽きさせず、継続して利用してもらうかだという印象を受けました。青森で『岩木健康増進プロジェクト』に取り組んでいる中路先生はこの点についてどのような感想を持たれましたか」

中路氏: 「市町村や企業の『健康宣言』など、青森でも地域・組織ぐるみの取り組みが健康増進運動を牽引する大きな力となっています。一人では挫折してしまうことも周囲の皆で取り組むことがモチベーション維持・向上につながります。事業者の皆さんの事例をお聞きして、やはり個人のみに依存しない雰囲気作り、ムーブメントのようなものが重要なのだと改めて感じました」

鈴木氏: 「ニチレイのような食品分野は、やはり移り気な消費者を飽きさせないことに相当なご苦労があるかと思うのですが」

武永氏: 「はい。以前は1〜2カ月は続くものの、その後は普通の食生活に戻ってしまうお客様がかなり多くいました。当社では『こういう食事を継続することで体重や血糖値などに効果があります』と健康面からPRをするのですが、どうしてもダイエットのようなストイックな印象を与えてしまいがちのようです。むしろ、最近では『おいしい』『便利』、あるいは旬の食材を全面に出すなど、一般的な食品としてのPRをした方が消費者により興味を持っていただき、継続性も高いように思います」

鈴木氏: 「健康ライフコンパスが提供しているドラッグストアでの自己採血による生活習慣病に関するセルフチェックサービスですと、お客様のモチベーションを相当に高めていくことが重要ではないですか」

佐藤氏: 「定期的に健康診断を受けている方なら次回までの間に1回、そうでない方ならば3カ月に1回程度の自己採血検査を受けていただくことが理想だと思っています。モチベーションという意味では、まずは1回受けてもらい、『こんな簡単な方法で自分の身体の健康状態について知ることができるんだ』ということを実感してもらうことが重要だと考えています。イベントなどで無料体験サービスを行うとあっという間に予約でいっぱいになりますが、ドラッグストア店頭で有料で行うとなかなか財布の紐が固い。提供するサービスに対してどれだけ価値を感じてもらえるようにできるか、まだまだ課題は多いですね」

弘前大学COI リサーチリーダー 弘前大学大学院医学研究科長 中路重之 氏
弘前大学COI リサーチリーダー
弘前大学大学院医学研究科長 中路重之 氏
ニチレイフーズ 研究開発本部知的財産管理Gr グループリーダー 武永早苗 氏
ニチレイフーズ 研究開発本部知的財産管理Gr
グループリーダー 武永早苗 氏
健康ライフコンパス 代表取締役社長 佐藤龍平 氏
健康ライフコンパス
代表取締役社長 佐藤龍平 氏

製品・サービスの品質の見える化
品質、エビデンスに基づく効果とそれに対する自分ごと化

鈴木氏: 「いわゆる製品・サービスが有する品質の見える化、いわばエビデンスにもつながる部分をどう示していくこともBtoCビジネスの大きな課題ですね。この点、かなりシビアなのが食品分野ではないかと思いますが」

武永氏: 「はい。食品の栄養成分、原材料、カロリー量などの表示は食品表示法に基づいて示しているわけですが、一方でこの食事を摂ることでの効果、コレステロール値や血糖値が改善する、いわゆる健康へのプラス効果は法的な面からもストレートにはパッケージなどに表示できません。利用者の声などという形でお伝えしているわけですが、本当に伝えたい効果がお客様に届いていないのではというもどかしさは感じています。まさにこうした健康効果をどうやって伝えていけばいいのか、大きな課題のひとつですね」

鈴木氏: 「血液検査サービスではいかがでしょうか」

佐藤氏: 「血液検査の品質という面では、三菱ケミカルホールディングの傘下にあり、信頼のおける機関による正しい検査であるということは認知していただいているのではないかと思います。ただ一方で、実際のサービスは全国のドラッグストアの店頭で行い、各店の薬剤師さんがお客様に相対します。サービス提供店舗が拡大すればするほど、そのサービスの質をいかにして均一化するか、保つかということは大きな課題です。我々の社員が各店舗を巡回するのはもちろんですが、eラーニングなどをうまく使ってサービス提供側のサポート、教育啓蒙活動をしていくことが、サービスの品質という面では非常に重要だと考えています」

鈴木氏: 「ルネサンスでは自社施設でのサービス提供だけでなく、自治体の健康増進プログラムの開発を受託されるなど多彩な展開を図っています。いかに参加者個人のモチベーションを高め、成果を上げるか、苦労も多いのでないかと思うのですが」

高崎氏: 「そうですね。やはりポイントはこの『健康長寿ループの会』でもキーワードになっている『自分ごと化』に尽きると思います。いかに健康というものを個人が自分ごととして積極的に取り組むか、その気付きをどう提供できるかでしょう。仮に『自治体や企業の健康指数を上げる』ことが我々の受託プログラムの一つの目標だとしても、人が自治体や企業のために『健康』を意識することはほぼありません。いかに自身のメリットに気付かせるか。その点では製品・サービスの品質、その確かなエビデンスをどのようにして個人のメリットとして受けとめてもらうかがとても重要です」

いかにしてマーケットを開拓するか

鈴木氏: 「医療経済性の話が前段の講演にもありましたが、ヘルスケアビジネスは収益性を確保するまでにやや時間がかかるという側面があります。そのため、事業自体が途中頓挫してしまう例も多いように見受けられますが、オムロンでは血圧計を1973年から販売し、今では『血圧計といえばオムロン』という地位を日本のみならずグローバルで築いています。この成功の要因をどのように分析されますか」

小林氏: 「まず当初の主要マーケットであった国内で流通網を固めたのが大きな要因ではないかと考えます。家電量販店、ドラッグストアなどで血圧計が気軽に購入できるのは、実は世界的に見ても珍しいことなのです。海外の場合、薬局の先生が高血圧の方に対面で勧めるという売り方が中心です。一方で、日本の場合、血圧計はいわゆる家電と同じカテゴリーです。量が出て利益が出れば、それが研究や開発に投資できるわけですから、そのサイクルを最初に作れたことが何より大きいと思います。また、健康ビジネスとは直接関係のある話ではないですが、医療・健康分野で消費者に直接届く製品を扱っていることが、精密機器など主力のBtoB事業分野のグローバルでの営業活動に寄与しています。医療・健康分野のBtoC事業におけるブランディングは、企業の信頼度を高める効果があるといえます」

鈴木氏: 「ICTの世界ではそのあたりいかがでしょうか」

吉崎氏: 「IBMではグローバルな市場を見ていく上で2つのことを必ず意識します。まずはオープン性。どの地域でも通用するオープンなエコシステムであること。もうひとつが必要以上にカスタマイズしないコアな技術、コンポーネントであるということ。昨夏、モバイルアプリケーションで提携を結んだアップルのiPadなどの例でもわかるように、基本は非常にシンプルな構造になっている。それがグローバルで展開できる大きな要因だと思います。もちろん地域独自のカスタマイズはしますが、最初からそこに集中すると、サービスや製品の広がりを損ないかねません」

鈴木氏: 「フィットネス事業となると、また着目点は異なってくるのでしょうか」

高崎氏: 「そうですね。我々の場合は製品をつくるわけではなく、現在持っているリソースを使ってサービスを事業展開する形が多いので、初期投資額などは製造業の皆さんと比べて少なくて済みます。しかし、当然そうなると投資回収の設定期間も短くなります。一般的には3年目で単年度黒字などといわれますが、当社では一年で単月黒字が目標ということも少なくありません。ヘルスケアビジネスには育てていくものと、急いで立ち上げるものがあると思いますが、明らかに当社の場合は後者になります」

ルネサンス 取締役常務執行役員 高崎尚樹 氏
ルネサンス
取締役常務執行役員 高崎尚樹 氏
オムロンヘルスケア 執行役員専務 医療事業・健康サービス事業担当 小林洋 氏
オムロンヘルスケア 執行役員専務
医療事業・健康サービス事業担当 小林洋 氏
日本IBM執行役員 スマーター・シティ事業担当 吉崎敏文 氏
日本IBM執行役員
スマーター・シティ事業担当 吉崎敏文 氏

ビッグデータの先にあるもの

鈴木氏: 「本日の講演のなかでもWatsonのお話は衝撃的で、それこそコンピュータが意思を持つというSF的なことすら連想してしまいました。日本郵政との高齢者向け生活サポートサービスの取り組みは、世界的にも注目を集めているようですね」

吉崎氏: 「はい。ただ誤解のないように申し上げると、日本での取り組みはWatsonありきという話ではないのです。その方がメディアの話題性としてインパクトがあるからなのでしょうか。Watsonを取り上げてもらう度に、どうしても人工知能のイメージが先行してしまいます。むしろ、日本郵政さんとの取り組みで大切なのは、地域と密な関係にある郵便局や郵便局員の方に、ICTを使うことでどのようなサポートができるのか、また高齢者にとっていかに使いやすいデバイス、アプリケーションを開発できるかだと考えています。もちろん、モバイル端末を使って集められた膨大な情報を解析する上でWatsonの持つ推測、学習機能などが武器になることは間違いありません」

鈴木氏: 「中路先生も基調講演のなかで、『データを集めたその先が重要』と強調されていました」

中路氏: 「分析のさらにその先、分析に基づいてどのようなアウトプットを出せるか、社会実装に導けるかが重要です。誤解を恐れずにいえば、私は医学部が世の中を変えられると思っていない。人文の先生もスポーツの先生も、看護師も自治体ももちろん企業も、色々な方々が集り試行錯誤を繰り返すなかで、COIが目指すウェルビーイングな世の中、そのプラットフォームができてくるのだと思います。もちろんビッグデータに価値があると信じています。ただ、やはりデータだけに目を奪われているのはダメで、そのデータを解析して活用することで社会の変わる景色を見せていく責務が私たちにはあります」

鈴木氏: 「本日会場にCOIビジョン1(少子高齢化先進国としての持続性確保)のビジョナリーリーダー、松田譲・協和発酵キリン相談役がお見えになっています。ここまでの議論をどうご覧になりましたか」

松田氏: 「本日のパネルディスカッションを聴講して、少子高齢化時代にあってビジネスを成功させている企業関係者のご意見は非常に参考になりました。中路先生が指摘されるように、COIの大きな目的は研究のための研究ではなく社会実装です」

鈴木氏: 「『健康長寿ループの会』を主催する、東大COIの池浦機構長はいかがでしょうか」

池浦氏: 「大学にとって産学連携は、教育面でも研究面でも重要な意味を持っています。ただ一方で、様々な研究を専門的に突き詰めていく中で視野が狭くなっていき、社会への情報発信という側面が弱くなってしまうケースも見受けられます。まさにこの『健康長寿ループの会』は、オープンな議論、交流の場であり、様々な立場の方が集う場でありたいと考えています。東大COIと神奈川県との予防・未病分野での連携、そこで活用するPST(Pathologic condition analysis and Sensibility Technology: 音声病態分析感性制御技術)などは、まさにこの会での議論から生まれたものです。こうした成果をひとつでも多くこの場から生み出し社会実装に繋げていきたいと考えています」

エーザイ 上席執行役員 鈴木蘭美 氏
エーザイ
上席執行役員 鈴木蘭美 氏
COIビジョン1  ビジョナリーリーダー 協和発酵キリン 相談役 松田譲 氏
COIビジョン1 ビジョナリーリーダー
協和発酵キリン 相談役 松田譲 氏
東京大学COI 「自分で守る健康社会」 機構長 池浦富久 氏
東京大学COI 「自分で守る健康社会」
機構長 池浦富久 氏

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