株式会社テクノアソシエーツ

コラム・イベント

2015.07.23

「予防ビジネス、企業・雇用者向け市場で有望」
第3回「健康長寿ループの会」で専門家が指摘

 「予防にかかる費用は損金ではなく健康への投資。特に企業にとっては、働き盛りの社員の罹病を抑制し、労働生産性の維持・向上を図ることは今後の大きな経営課題。健康経営は経営指標、企業評価でもっと重視されるべき」。東京大学大学院医学系研究科の康永秀生教授は、健康長寿社会の実現に向け、予防医療の意義を医療経済学の観点からこう指摘する。ヘルスケアビジネスの動向に詳しい日本総合研究所・ヘルスケアイノベーショングループディレクターの木下輝彦氏も、ビジネスの観点から雇用者向けサービスを有望市場の1つに挙げる。両氏は、6月9日に開催されたシンポジウム、第3回「健康長寿ループの会」(主催:東京大学COI「自分で守る健康社会」)で「医療経済性から見た予防の重要性」をテーマに講演を行った。また、健康長寿社会の実現に向け、研究成果の社会実装、事業展開を図るサービス、デバイス、ICT、食品企業各社が現状の取り組みと課題を紹介した。

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「予防医療によって医療費を削減できる」は、医療経済学では誤解

東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻臨床疫学・経済学分野 康永秀生 教授 東京大学大学院医学系研究科
公共健康医学専攻臨床疫学・経済学分野
康永秀生 教授

 医療費増加の要因として、一般的に①人口高齢化 、②医師誘発需要 、③患者自己負担の軽減—などが挙げられることが多い。しかし、東京大学大学院医学系研究科の康永教授は米国での医療経済の研究例から、ほぼそれらの通説は誤りだと指摘する。中でもまことしやかに語られる「人口高齢化」については、1960年から2007年の約50年間で米国の総医療費上昇率に影響を与えた要因の定量的分析などから、必ずしも高齢が医療費増につながっているわけではないことを示した。同研究例によると医療費上昇への寄与率は「人口高齢化」が7%程度なのに対し、「国民所得の増加」が29〜43%、「医療技術の進歩」が27〜48%となっている。康永教授はこれらの研究実例を受け「予防医療によって医療費を削減できるという認識は誤り。医療費が最もかかる時期は死の直前。寿命が延びれば介護費用や年金負担も増加する。予防の多くはコストセービングではなく、むしろ生涯医療費を増大させるというのが医療経済学の常識となっている」と指摘する。
 だからといって「予防が無駄」というわけではもちろんない。「大切なのは発想の転換。具体的には、予防にかかるお金を損金ではなく、健康への投資だと考えるということ」(康永教授)。そのため、企業にとっては、健康投資によって働き盛りの罹病を抑制し、労働生産性の維持・向上を図ることが重要であり、「健康経営」という概念を経営指標や企業評価に加えるべきだと康永教授は指摘する。また、こうした企業が健康経営取り組む上で大切なこととして、きちんとした医学的なエビデンスに基づいた情報提供、データに基づいた科学的アプローチなどを挙げた。

ヘルスケアビジネスの事業化、個別事業に閉じない外部との包括連携も必要

日本総合研究所ヘルスケアイノベーションGr ディレクター 木下輝彦 氏 日本総合研究所ヘルスケアイノベーションGr
ディレクター 木下輝彦 氏

 「ヘルスケアビジネスには、『疾病発症後の重症化予防』と『健康増進』の2つのフェーズがある。重症化予防はより医療的側面が強く、一方で健康増進は趣味・嗜好に近い。健康増進の方は消費材ビジネスとして捉えるべき」。日本総合研究所の木下輝彦氏はヘルスケアビジネスについてこのように分析する。健康増進に対する社会的機運の高まりに対し、事業化に目を向けてみると日本国内ではやや停滞感が目立つ。その一因として、木下氏は参入企業の製品・サービスは研究開発型が多く、ビジネスの視点が欠如している点を挙げる。「ヘルスケアビジネスに参入する企業は、『優れた技術や機能が必ずしも消費者に受け入れられるとは限らない』と自覚することがまず必要」(木下氏)。また、 消費者視点では利用効果の実感が乏しいために長期継続が難しい点、企業視点では総じて事業規模が小さいために規模の経済が働きにくいなど、現状の課題を示唆した。
 今後のヘルスケアビジネスの有望なマーケットとして、木下氏は、①キッズ市場、②ヤング・プレママ市場、③雇用者市場の3つを挙げる。①は0〜15歳の子供世代で、学習塾などと同様に教育・子育ての一環として親の投資意欲が高く、また健康意識の啓蒙という点でも重要。②は産後の健康、美容などに対する切実な悩みや健康感度が急激に高まる世代で、関連商品・サービスへのニーズも高い。また、この層は口コミなど身近なコミュニティやネットワークを通じた情報の回流性が非常に高いのも特徴。③は社員の健康増進、いわゆる健康経営を推進する企業をターゲットにしたものである。
 また、事業化成功のポイントとして、個々の消費者の健康意欲だけにフォーカスするのではなく、日々の生活リズムに無理なく取り込める仕組みづくりの重要性を指摘する。「個別の製品・サービスのみで事業化するだけでなく、隣接する外部領域との包括的なパートナーシップなど、有効なアライアンスを組むことが大切。運動プログラムであれば、食や日常のライフスタイルなどを絡めた展開。効果の実感、継続性という面では、医療、学術的なエビデンスを分かりやすく示す仕組みを提供することも重要だろう」(木下氏)。

正しい情報提供=「情報薬」で、生活習慣改善を導く(健康ライフコンパス)

 三菱ケミカルホールディングス傘下の健康ライフコンパスが提供しているのは、セルフ健康チェックサービス「じぶんからだくらぶ」。ドラッグストア店頭で被検者自らが検査キットで採血と遠心分離までを行う。専用ケースに収納した検体を店頭スタッフに渡し、冷蔵状態で同社グループの検査会社に送られる。検査では血中脂質、肝機能マーカー、ヘモグロビンA1cなど計13項目を調べ、1週間ほどで検査結果をドラッグストア店頭で受け取ることができる。料金は2,840円(税別)。2015年7月現在、サービスを提供しているドラッグストアは1,200を超える。
 同社の佐藤龍平社長は「正しい情報の提供こそ、各人の正しい行動変容を導く」と語り、これら価値ある健康関連情報を「情報薬」と位置づける。同社では、定期的・継続的にサービスを利用してもらう動機付けとして、自身の健康指標の推移などを見える化できるWeb会員サービスを提供している。今後は、自社の検査サービスだけでなく、医薬品、食、運動など関連領域サービスとのアライアンスよって提供してきたいとしている。

食生活改善へ「気づき食」を提案(ニチレイフーズ)

 ニチレイフーズでは25年前から糖尿病食を販売している。当初はレトルト製品としてスタートし、15年前に冷凍タイプの弁当に進化した。1食300kcal以内、塩分2gの冷凍弁当を軸に、食事改善のための情報誌や目盛り付き茶碗などとセットで「気づき食」として、食による健康改善を提案。通販、ドラッグストアなど販売チャネルを通じて提供している。
 同社では、主に糖質削減、脂質削減などを目的とした冷凍弁当を提供しているが、過度に「健康、予防」を打ち出すことはせず、むしろ「おいしさ、手軽さ、便利さ」といった健康以外の価値を提供している。「こうした食事を摂ることをきっかけに、まずは食事の量に対して気を使うようになる。さらに継続できる人は野菜摂取など食事全体のバランスに気を使うようになり、食習慣の改善が見られる」(ニチレイフーズ研究開発本部の武永早苗氏)。一方で、「予防のためにこうした食事改善を始める個人の気づき、最初のトリガーが課題」(同氏)とし、今後は病院、調剤薬局、介護施設と連携した幅広いPR展開を図っていくという。

健康ライフコンパス 代表取締役社長 佐藤龍平 氏
健康ライフコンパス
代表取締役社長 佐藤龍平 氏
ニチレイフーズ 研究開発本部知的財産管理Gr グループリーダー 武永早苗 氏
ニチレイフーズ 研究開発本部知的財産管理Gr
グループリーダー 武永早苗 氏

ICTを活用した血圧データ管理、医療機関と繋がる仕組みも構築(オムロンヘルスケア)

 オムロンは1973年にマノメーター式手動血圧計を発売。その後、技術革新を続けている。2010年以降、中国、ロシア、南米での販売が伸びており、現在、家庭用血圧計累計販売台数は1億6,000万台にも上る。生活習慣病発症率は、経済発展と密接に関係しているからだという。
 最近では、ICTを活用して計測したデータを自社の専用サーバーに送信、Web上で主治医がモニターでき、常に適切なアドバイスや薬の処方などができる仕組み「MedicalLINK(メディカルリンク)」を構築した。このシステムでは、患者の血圧データを経時変化でグラフ化できるほか、データから日本高血圧学会高血圧治療ガイドラインで推奨される投薬処方を表示することができる。また、長期間の測定忘れ、設定した閾値を超える血圧変動があった場合には、医師にメール通知する機能なども備える。「NPO法人『高血圧改善フォーラム』の調査によると、高血圧患者のうち医師にかかる人は半分、しかもその半分が途中で通院をやめてしまい、実際に降圧を達成できるのは13%ほど。メディカルリンクのような仕組みで、高血圧患者の通院継続をサポートしていきたい」(オムロンヘルスケア 執行役員専務 医療事業・健康サービス事業担当・小林洋氏)。同社ではICTを利用して、離島などでの医療サポートや離れた場所で暮らす家族が患者の血圧を確認できる「見まもりサービス」も提供している。

コグニティブ・コンピューティングで予防医療をサポート(IBM)

 膨大な医療ビッグデータを予防医療へ有効に活かすためには、データの適切な解析が課題だといわれている。こうした中、米IBMは2015年4月、新たな医療向けプラットフォーム「Watson Health Cloud」を発表した。同社ではヘルスケア専属の組織を設立し、独自のデータ解析技術とモバイル技術とを連携させ、医療・ヘルスケア分野へソリューションを提供する。
 この医療ビッグデータ解析のベースとなるのは、IBMの持つ「コグニティブ・コンピューティング技術」だ。コグニティブとは人間の脳にヒントを得た次世代コンピューティングシステムで、自然言語を解釈し、根拠をもとに仮説を生成して経験から学習するも。「解析処理を行うごとに知識を蓄積、学習し、判断の正確性が向上していく」(日本IBM執行役員 スマーター・シティ事業担当 吉崎敏文氏)。データ収集には、昨夏にモバイルアプリケーションで提携を発表した米アップルのモバイルツールなどを利用する。
 また、日本市場では日本郵政グループとの業務連携を今年の5月に発表した。日本郵政グループ4社は、2万4,000カ所の郵便局を拠点に65歳以上の高齢者に向けた生活サポートサービスを来年度から開始する予定で、世界的にも注目を集めている。これに先立って、今年下期から高齢者へ米アップルのiPadを配布し、IBMの日本語解析技術などを応用したアプリなどを提供。見守り、買い物支援サービスなどの実証実験を行う。

オムロンヘルスケア 医療事業・健康サービス事業担当 小林洋 氏
オムロンヘルスケア 執行役員専務
医療事業・健康サービス事業担当 小林洋 氏
日本IBM執行役員 スマーター・シティ事業担当 吉崎敏文 氏
日本IBM執行役員
スマーター・シティ事業担当 吉崎敏文 氏

積極的なアライアンスで、フィットネス産業からの脱皮を目指す(ルネサンス)

 全国で約100店舗のフィットネスジムを展開するルネサンス。約40万人の会員数が同社のサービスを利用しているが、近年、利用者年齢の高齢化が進み、利用者の約6割が40歳以上だという。1994年には3%ほどだった60歳以上の利用者は、現在では3割弱にも上る。
 こうした中、同社では「フィットネス産業から脱皮すること」を新たな経営テーマに挙げている。フィットネス産業の国内マーケットは約4,500億円。これに対して健康食品・機器などは4兆円、介護は8兆円、医療は39兆円と、市場規模は大きく異なる。
 ルネサンスでは、自治体の介護予防施策である高齢者向けの健康増進プログラムの運営受託や自治体健康増進施設の運営、ベトナムや中国への海外事業進出など積極的な事業展開を図っている。また、今年に入ってNTTドコモ、ローソン各社と健康増進ビジネスで業務提携を発表した。いずれも同社の強みである運動に関するノウハウと健康管理プログラムを提携先企業のサービスに提供するものだ。同社取締役常務執行役員の高崎尚樹氏は「さらなる脱皮への鍵は、他社とのアライアンス。ヘルスケアビジネスの企業提携が進まないという話もあるが、互いの強みをきちんと精査すれば有効なパートナーシップを組むことは可能だ」と今後のビジネス展開に自信を見せた。

ルネサンス 取締役常務執行役員 高崎尚樹 氏
ルネサンス
取締役常務執行役員 高崎尚樹 氏

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