株式会社テクノアソシエーツ

コラム・イベント

2015.07.15

COI研究成果の社会実装、予防・未病分野で前進
東大COIは音声技術を未病分野に応用、神奈川県と実証協力
第3回「健康長寿ループの会」開催で報告

 東京大学COI「自分で守る健康社会」が主催する「健康長寿ループの会」が6月9日、東京大学・小柴ホールで開催された。COIとは、文部科学省が推進する社会ビジョン主導型の研究開発プロジェクト「革新的イノベーション創出プログラム:COI(センター・オブ・イノベーション)」のこと。本シンポジウムは、健康長寿社会実現へ高度なテクノロジーの社会実装を図るべく、COIのビジョン1「少子高齢化先進国としての持続性確保」で採択されたCOI拠点間、さらに業界、産官学の枠を超え議論と情報共有を行う場として、東大COIが旗振り役となり2014年から定期的に開催している。第3回のテーマは「予防・未病ビジネスの事業化」。東大COIでは、すでに26の民間企業がさまざまな研究に参画しているが、今年度、新たな研究組織として「予防・未病イノベーショングループ」を設置した。具体的に、音声病態分析感性制御技術(PST)を未病分野で応用し、実証研究で神奈川県との協力を発表するなど、今後もCOIの研究成果について、地域医療に根差した社会実装が期待されている。

会場写真

未病分野で音声病態分析感性制御技術(PST)を応用
神奈川県と研究協力(東大COI)

東京大学COI 機構長 池浦富久 氏 東京大学COI 機構長
池浦富久 氏

 冒頭では本シンポジウムを主催する東大COI「自分で守る健康社会」の池浦富久機構長が本COI拠点の活動報告を行った。
 本COI拠点は、文部科学省・科学技術振興機構のCOIプログラムに採択され、平成25年度から最長9年間、研究開発活動を実施している。3年目を迎える本COI拠点では、今年度から研究組織体制を再編。従来の「健康医療ICTオールジャパン標準化グループ」、「ユビキタス診断・治療システムグループ」「創薬プロセスイノベーショングループ」の3つ研究グループに、「予防・未病イノベーショングループ」が新たに加わった。これら研究グループには26社の民間企業が参画しており、健康長寿社会の実現に大きな鍵を握ると言われる「予防・未病」分野で、ICTを使ったアプリケーション開発、センシングなど先端テクノロジーの技術応用において、様々な共同研究を行っているという。
 また、これら研究成果の社会実装を通じて新たな産業創出を促進するために研究グループを統括する形で「社会実装推進グループ」を設置。すでに、予防・未病分野において、「ヘルスケア・ニューフロンティア事業」を推進する神奈川県と協定を締結、相互の連携を強化し、具体的な協働プロジェクトを進めることを明らかにした。神奈川県が展開するこのヘルスケア・ニューフロンティア事業は、「最先端医療・最新技術の追求」と「未病を治す」という2つのアプローチを融合し、健康長寿社会の実現、さらには健康増進に関わる新産業、新市場の創出を目指している。東大COIでは、予防・未病分野においてPST(Pathologic condition analysis and Sensibility Technology: 音声病態分析感性制御技術)に着目。同技術を保有するPST株式会社(神奈川県横浜市)と共同開発を進めており、神奈川県とPSTを用いた実証実験を行っていく。PSTは、人に発した声をデータ化し、その情報から情動、ストレス、抑うつ状態のレベルなどを診断する技術。実証実験では、参加企業から匿名の音声データを提供してもらい、解析して企業にフィードバックする。そのほか、個人が簡単に使えるスマートフォン用の音声診断アプリケーションを東大から無償提供していく。池浦機構長は「PST以外にも東大COIで研究・開発が進む日常健康検査技術、簡易計測技術などを提供する。神奈川県での実証実験を通して、予防・未病分野で新たな産業創出を目指したい」と抱負を述べた。
 さらに、様々な健康医療データの収集・解析技術が進む中、池浦機構長は「正しいエビデンスに基づいた情報提供が重要」だと指摘。東大COIのひとつの目標として、「健康医療情報を正しく理解し、的確に被検者に伝えることができる“次世代健康コンシェルジュ”が全国に配される社会の実現」(同氏)を掲げた。
 今年12月開催予定の第4回「健康長寿ループの会」では、「未病対策」をテーマとし、神奈川県との取り組み成果、進捗状況など詳しく報告する予定だという。

「岩木健康増進プロジェクト」で住民の600項目の健康ビッグデータを収集
健康の“自分ごと化”へ啓蒙活動を強化、健康リーダーを育成(弘前大COI)

弘前大学COI リサーチリーダー 弘前大学大学院医学研究科長 中路重之 氏 弘前大学COI リサーチリーダー
弘前大学大学院医学研究科長 中路重之 氏

 基調講演では、弘前大、東大COIの両拠点、研究者が、各拠点の最新の研究活動報告を行った。

 弘前大COI「真の社会イノベーションを実現する革新的『健やか力』創造拠点」の活動報告では、研究リーダーの弘前大の中路重之教授が、平均寿命最下位である青森県が短命県返上に向けた同拠点の取り組みを紹介した。
 弘前大COIは、「寿命革命」を戦略コンセプトに掲げ、「健康未来予測と最適予防でソーシャルイノベーションを起こす」「認知症の人と作る未来社会システムの実現」を目指している。具体的には、県の平均寿命を1.0~1.5年延伸して日本人の中位水準を達成、認知症・生活習慣病の発症年齢を延伸することなどを目指している。
 弘前大COIの活動のベースとなるのが、弘前大を中心に10年以上にわたって取り組んでいる「岩木健康増進プロジェクト」だ。これは、弘前市、青森県総合健診センターなどと連携し、弘前市岩木地区の住民を対象に2005年から継続して行われている健診プロジェクトで、毎年1,000人以上の住民の健康データを収集している。当初の検査項目は約360ほどだったが、現在では認知症診断、記憶力検査、骨密度測定、腹部体脂肪測定など細分化され、その検査項目は600にも及ぶ。
 長年にわたりこれだけの健康データを収集することだけでも意義が大きいが、中路教授は「認知症など疾病の予兆、予防法検証のために、これら600項目それぞれを個別に見ていくと同時に、例えばひとつの疾病に対して腸内細菌、歯科口腔細菌など多因子解析をしていき、関連する因子、リスク因子を見つけていくこと。それがこのビッグデータ解析の重要な意義」だと話す。また、「肉体的な健診データだけでは健康増進を進めるには不十分。例えば、認知症の発症を考えた時、独居なのか家族がいるかなど、社会面、生活面からのアプローチがなければいけない」と指摘する。そのため、弘前大COIでの研究開発活動は広く門戸を開いており、医療、健康分野だけでなく人文科学、社会科学分野とも連携した体制を構築していくという。
 また、目標である短命県返上、健康増進のためのイノベーション創出に向けては、産官学による研究体制だけでなく、地域社会での健康に対する意識の向上、学校、特に若年時での健康教育の重要性を挙げる。中路教授は「健康とは各個人が自分のことを知り、自分自身で守っていくもの。いわゆる“自分ごと化”させるための啓蒙、早い段階からの教育が大切。地道だが、啓蒙活動を通じて健康意識が徐々に高まることで、研究の社会実装の可能性が大きくなる」と話す。その一環として青森県では、医師会を中心に今年4月に「健やか力推進センター」を新設した。歯科医師会、薬剤師会、看護協会、大学などと連携し、学校、職場、地域での健康リーダーの育成に取り組んでいる。

糖尿病予防へ「糖尿病診断アクセス革命」
薬局をハブに地域医療スキームを構築

筑波大学医学医療系 内分泌代謝・糖尿病内科准教授 矢作直哉 氏 筑波大学医学医療系 内分泌代謝・糖尿病内科准教授
矢作直哉 氏

 生活習慣病の代表でもある糖尿病は自覚症状に乏しく、血液検査などを行わない場合、その発症に気づくことが少ない。そのため、定期的な血液検査によって自身の血糖値を知ることは、予防対策から見ても非常に重要だ。しかし、特に40歳代以上の健康診断受診率は低く、効果的な糖尿病対策が進んでいない。
 そうした中、筑波大内分泌代謝・糖尿病内科の矢作直也准教授らは、簡単に自己採血できるシステムを用い、薬局の店頭でサービスを提供。加えて地域の診療所・病院と連携を図った糖尿病早期発見・予防のための地域医療プロジェクトを推進している。
 「糖尿病診断アクセス革命」と名づけられたこのプロジェクトでは、自己穿刺(せんし)によって得られた微量の(1μℓ)の血液から約6分で糖尿病と密接な関係を持つHbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー)を測定できる「指先HbA1c測定装置」を薬局の店頭に設置。受検者が自ら採血・スクリーニングを行い、得られたデータを受検者に提供するというもの。検査の結果、HbA1c値が一定以上の場合には、患者紹介票を薬局で提供し医療機関への受診勧奨を行う。具体的なHbA1c値としては、糖尿病疑いが6.5以上、糖尿病予備軍の疑いありを6.0〜6.4に設定している。
 2010年から実証実験を徳島県と東京都足立区で行っており、2015年3月までに4724名が測定、このうち502名(10.6%)が糖尿病疑い、1175名(24.9%)が予備軍として受診勧奨対象となった。
 矢作准教授はこのプロジェクトのメリットとして「検査が容易で糖尿病予備群発見率が非常に高いこと、さらに地域医療機関と連携することによって、検査後の受診にスムーズにつなげることができる」点などを挙げる。また、この検査自体がスクリーニングに特化したものであるため「医療機関の診断・治療と明確な役割分担が図れる」のも特徴だとしている。
 薬局でのスクリーニング検査という点では、臨床検査技師法との関係がグレーゾーンだったが、このプロジェクトの成果を踏まえ、厚生労働省は2014年3月に臨床検査技師法を改正。「自ら採取した検体について診療の用に供さない生化学検査を行う施設」を新たに「検体測定室」として薬局などに開設できるようになった。矢作准教授は「今後、検体測定室が全国に普及していくことで生活習慣病の早期発見が進み、発症率の抑制につなげたい」と期待を寄せる。一方で、安全管理や医療機関とのよりスムーズな連携を図るため、矢作准教授らが中心となり、今年5月に「検体測定室連携協議会」を発足させ、糖尿病検査・診断の普及と質の向上を目指すという。
 また、矢作准教授は東大COIに参画しているハビタスケア(東京都中央区)と、生活習慣リスクの予測モデル構築の共同研究も実施している。今後は、この予測モデルによる診断サービスを東大病院検診部の人間ドック受診者に提供し、情報提供が被験者の生活習慣改善などにどのような影響を与えるかなどについて検証していく予定だ。

ゲノムビッグデータの時代の予防医療
小型のシークエンサーが家庭に入っていく時代も

東京大学医科学研究所ヘルスインテリジェンスセンター教授 井元清哉 氏 東京大学医科学研究所
ヘルスインテリジェンスセンター教授 井元清哉 氏

 「今後5〜10年の間に誰もが自分の全ゲノム情報を持つようになる」――。
 東大医科学研究所の井元清哉教授によると、ゲノムビッグデータ時代がもうすぐそこに迫っているという。
 ヒトゲノム情報を読み取るシークエンスコストは、技術進化で近年大幅に低下。現在、一人分の全ゲノムを読み取るコストは約1,000ドルで、数年のうちに100ドル前後まで下がるとも予測されている。アメリカでは取得したゲノム情報を医療情報とリンクさせ、がんの変異と治療法、結果などのデータベースを構築した、新たながん治療なども実施されている。
 シークエンス技術の進化がもたらす可能性に大きな期待が高まるが、井元教授は課題として「読み取りコストをさらに下げ、血液検査レベルにするためのシークエンサーの技術開発」、「読み取ったゲノム情報を予防・治療に活かすための解析技術」などを挙げる。
 東大医科学研究所では、COIでの研究開発活動の一環として、クオンタムバイオシステムズ(大阪市)と共同でシリコンナノポアシークエンサーの開発に着手。現在、試作品レベルだが1時間のシークエンスを1万円以下に抑えられる国産技術を生み出している。また、解析では大量のゲノムデータを処理できるスーパーコンピュータ、さらにはデータを保存する大規模ストレージが必要となる。そこで、東大医科学研究所は今年4月にヒトゲノム解析用のスーパーコンピュータを刷新し、「Shirokane3」として運用を開始した。このスパコンは422TFLOPSの総合理論演算性能を実現し、ストレージ容量も約100万人分のデータを格納できるという。
 このようにシークエンスおよび解析のための基盤整備は日本でも進んでいるが、東大医科学研究所ではCOIでの研究開発活動を通じて日本IBMと連携。人工知能技術などを用いたゲノム情報の解析技術によって、より有効にゲノム情報を予防・医療に活かす方法の研究を進めるとしている。
 また、最近アメリカでは尿のサンプルからセルフリーのDNAが検出できるキットなども開発されている。こうした流れを踏まえ、井元教授は、「例えば、家庭内のトイレに小型のシークエンサーをつなげて解析し、ネットワークを通じてデータを医療機関のサーバーに送ることも考えられる。血液検査に比べればシークエンスの感度は落ちるかもしれないが、被験者の手間が少なく、経時変化のデータを取得できるという点では、予防・医療にとってより有効」と小型シークエンサーが家庭に入っていく未来図を提示した。

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