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2015.02.27

東大次期総長の五神氏、大学の仕組みを変えて
「本気の産学連携」で産業競争力を高める場に
東京大学 大学院理学系研究科長 ICCPT 研究リーダー 五神真 氏

 「日本の産業競争力をこれからも高い水準で維持していくこと。それは、さまざまな資質を持った人材が適所で活躍し、同時に優秀な後継をたくさん育成できる仕組みが構築できるかに掛かっています」。2015年4月1日に東京大学の第30代総長に就任する五神 真氏(写真)は、このように言う。同氏は、大学の仕組みを変え、そこを「知の協創の場」とする構想を持っている。産業界が抱える困難な課題の解決に、大学と企業が一緒に取り組む「本気の産学連携」を進める場だ。同氏が研究リーダーを務める、文部科学省の研究開発支援プログラム「COI STREAM」のテーマのひとつ「コヒーレントフォトン技術によるイノベーション拠点(ICCPT)」は、その先駆けとなるプロジェクトである。五神氏に、日本が持つべき人材の活用と育成の仕組みの姿と、その実現を目指す中でのICCPTの位置付けを聞いた。

——世界の中での日本の産業競争力を不安視する声が聞かれるようになりました。

写真●東京大学 大学院理学系研究科長 ICCPT研究リーダー 五神真 氏 写真●東京大学 大学院理学系研究科長 ICCPT研究リーダー 五神真 氏

 五神 日本の総人口は2004年をピークに減少に転じています。また一人当たりのGDPも後退しています。大学の国際ランキングもなかなか上がりません。こうした指標を見ると、確かに国力低下が心配になります。

 ただし冷静に考えれば、日本の国際的な地位は、依然として高いと断言できます。このような狭い国土に、国際的な企業が林立している国は、他に見当たりません。戦後の高度経済成長期、日本は国際的に高い地位に上り詰めました。今もその時蓄積した科学技術などでの優位性が、資産としてたくさん残っています。

 重要なことは、将来も尊重される国であり続けるため、これから何をしていくかなのです。日本の特性を生かして国際社会に貢献していくために、何を基とすればよいのか。それは「人」です。いかに優れた科学技術があっても、それを使いこなす優秀な「人」がいなければ、これからの社会が抱える課題を解決することはできません。日本が過去に蓄積した資産のうち、優秀な人材こそが、未来を拓く最大の資産だと思います。

大学を人材の価値を高める場に

——優れた人材を育成していく場として、大学の役割はますます重要になってきますね。

 五神 これまでの大学は、研究を通じて若い人材を育成する場でした。これからは、日本の資産である人材の価値をより高めていく場にしていきたいと考えています。

 現在の世界は、知恵を活用して経済活動を活性化させる「知識集約型社会」になりました。いかに新しい知恵を生み出し、いかに活用するかが、その国の力に直結するのです。日本には、知恵を生み出す資質と知見を持った人材がたくさんいます。ところが今、その人材の力を社会が十分に活かすことができていません。また、後継の育成に関しても、とても楽観できない状況なのです。大学には、こうした人材にかかわる日本の問題を解消する機能が求められています。

——優れた人材を活かせないとは、具体的にどのような状況を指しているのでしょうか。

 五神 競争に勝ち抜くために企業が進める事業と、企業に所属している人材のスキルがミスマッチを起こす例が増えているように見えます。これは、日本固有の構造的な問題です。

 日本の産業構造は、大企業を中心にして構成されています。GDPの大半を大企業が稼ぎ出し、優秀な人材の多くは大企業に長期雇用されているのです。しかし多くの企業は、特定の業種の枠に縛られることなく新しい価値を創造しないと、生き残れない局面に直面しています。ただ、異業種の知見を簡単に修得することはできません。このため、異業種間でのコラボレーションが不可欠となっています。本来ならば、人材を流動させて新しい事業に備えることも考えたいところですが、そうは簡単にいかないのです。

 こうした状況は、企業に所属する人にとっても好ましい状況ではありません。各企業がこれから行う新しい事業では、そこに籍を置く人材がそれまでに培ってきた高度な専門性を活かせない可能性があるからです。

 高い専門性を持った優れた人材が、組織を超えて行き来できる仕組み。大企業を中心とした産業構造を持つ日本で求められているのは、こうした新しい仕組みではないかと考えます。そこで、ユニバーサルな立ち位置で活躍できる優秀な人材として、まず博士号を取得した人材が、異なるミッションを持った組織間を行き来できる状態を作りたいのです。

——後継の育成が楽観できない状況にあるというのは、どのようなことを指しているのでしょうか。

 五神 例えば、東京大学での修士過程から博士過程への進学者の数に注目し、平成13年から平成23年の10年間の推移を見てみます。すると、進学者の数は、16ポイントも低下しているのです。日本の競争力のある11大学(RU11)で見ても同様の傾向が見られます。

 博士課程への進学者数が減ったのは、大学院生や若手研究者の経済基盤の不安定化が大きな要因です。

 博士課程の大学院生にどのような経済的支援があるのか、状況を見てみると、研究者が置かれている過酷な状況があからさまに分かります。博士号の取得は、27歳ごろになります。一般的には、経済的に自立している年齢です。このため、国を支える人材として育成するのならば、生活が成り立つように支援するのは当然のことです。しかし日本では、年180万円以上の支援を受けている博士課程の学生は、10%しかいません。米国では、40%の博士課程の学生が、生活費相当の給与と授業料分を受けています。スイス連邦工科大学(EPFL)に至っては、年間540万円支援しています。欧米では、こうして育成した高度な知見を身につけた人材が、産業を活性化させる中心的な役割を担うプレーヤなのです。

 また、苦労して博士号を取得した後も、経済的な苦難は続きます。東京大学では、平成18年と平成24年で見てみると、雇用の安定した任期なしの教員研究員の数が500人減っています。一方で、任期を付けて雇用されている数は1500人増えています。60%以上の教員研究員が、3年もしくは5年の任期を繰り返しながら一生を終える、不安定なライフプランを強いられています。このような国は、日本以外、世界のどこにもありません。

 ポスドクを数年経験するのは、世界でも普通です。しかしそれが10年、20年続くのはおかしいのです。同じ財源を使うのなら、このうちの何割かを任期なしに投入することを考えるべきでしょう。それでないと良質な人材をキープできません。こうした教員研究員の雇用改革は、投資している国民にとってもよいことだと思います。研究者の雇用制度を考え直す必要があります。

「知の協創の場」で進める本気の産学連携

——日本の将来を支える人材を取り巻く困難な状況を、どのように解消していくのでしょうか。

 五神 こうした問題を解決するため、国際的に競争できる卓越した大学院を作り、人材を生かし育てる「知の協創の場」とする構想を持っています()。ここでは、大学院生が創出した知恵を、社会の価値として実装できるようにしていきます。これは、2015年度以降の、東京大学の重要な施策になります。

 知の探求は大学の得意分野です。今、その成果が社会にどのように実装されていくかが、とても重要になっています。自由な発想での知の探求と、世の中の求めに応える知の探求。この2つは相反することではなく、共存できることだと考えています。世の中が求めることの中から学理を深めるテーマを見出すことは、好奇心だけを原動力に進める研究とは違った視点を与えてくれると思えるのです。

図●科学と社会をつなぐイノベーション拠点へ、東京大学が構想する「知の協創の場」
図●科学と社会をつなぐイノベーション拠点へ、東京大学が構想する「知の協創の場」

——「知の協創の場」とはどのようなものなのでしょうか。

 五神 さまざまな資質と専門的な知見を持った優秀な人材が、学内にも、企業の中にもたくさんいます。「知の協創の場」は、学生と企業の担当者が、産業界が抱える課題に一緒に挑戦する場を想定しています。

 経営学の用語に、“クロスファンクショナルチーム”というモデルがあります。特定のユニットが独立した権限を持ちながら、さまざまな専門性を持った他の部署と交叉しながら新しい価値を生み出していく仕組みです。これに似たものと考えると分かりやすいかもしれません。東京大学には、レベルの高い文系のコンテンツもたくさんあります。これらも文理連携で革新的な知恵を出し、そこから価値を生み出すための大きな力になることでしょう。

 また、30代や40代の大学のOBやOGたちが、「知の協創の場」に参加してもらえれば大きな力になると考えています。私は、指導教員として、22年間に約120人の学生を送り出してきました。卒業生それぞれの資質を知っており、みんな気心の知れた存在です。私と同様に学生を送り出してきた先生が10人集まれば、1000人を超える人材のネットワークが出来上がります。

 一度産業界に入った卒業生たちを「知の協創の場」に引き込みたいのです。ここで出てきた成果を、自分の会社に持ち帰ってもいいし、違う会社で生かしてもよいと思います。博士号を取得するなど、自分の価値をさらに上げていってもらえれば一石二鳥です。これからの大学は、若い人を育てて終わりではなく、重層的な人材育成の活動をしていきたいと思います。

 COI STREAMのスキームの中で着手した「コヒーレントフォトン技術によるイノベーション拠点(ICCPT)」は、「知の協創の場」の先駆けとなるものです。

本気の産学連携

——ICCPTでは、産業界の発展につながる、どのようなことをしているのか、お聞かせください。

 五神 私たちがICCPTでターゲットにしているのは、ものづくりの革命を起こすことです。モノを切る、貼る、削るといった機械的な加工で行ってきたことを、レーザー光を使った、全く違ったアプローチで実現しようとしています。

  レーザー加工は、金属の溶接や切断などで実用化されています。ただしこれは、レーザーを熱源としてしか使っていません。レーザーと物質の相互作用をきっちりと理解することで、物質中の電子を遷移させて結晶状態を変えたり、化学反応を起こさせたりできます。こうした能力を加工に使うことで、ガラスの自由形状加工や炭素繊維複合材料(CFRP)の加工など、性能は良いのに加工性が悪いため利用できなかった材料の活用などに道が拓けます。

  レーザー加工は、設計環境に直結させることで、設計データの変更を反映させたモノを迅速かつ低コストで生産できます。これまでの日本のものづくりは「大量生産」と「品質管理」をキーワードにして、世界との競争に勝ち抜いてきました。ただし、こうして出来上がった製品は画一的なものであり、使い手側が製品に合わせて利用しなければならないものでした。次に求められるのは、使い手一人ひとりに合わせた仕様の製品を個別生産することです。レーザー加工を発展させることで、個別生産を大量生産した時と同様のコストで行う可能性が見えてきます。

——「知の協創の場」の前哨としてのICCPTの意義をお聞かせください。

 五神 これからの大学は、「本気の産学連携」を進めていかなければなりません。産学連携の仕組みづくりは、2000年ごろから東京大学でも約15年続けています。東京大学TLOや東京大学エッジキャピタル(UTEC)は、その成功事例です。しかし、日本のGDPに対する寄与率を考えると、依然としてニッチな存在だと言わざるを得ません。東京大学は、日本が活用すべきど真ん中の知恵を探る役割を担っています。ニッチな領域だけを攻めると言うわけにはいかないのです。

東京大学 大学院理学系研究科長 ICCPT研究リーダー 五神真 氏

 大企業と一緒に進める共同研究は、東京大学にも少なからずあります。しかし、その成果である知財の活用状況、権利化状況、またその中身を見ると、権利化されていないものが大半で、産業として重要な場面が、共同研究の舞台になっている例が少ないのです。その理由は明確です。東大との共同研究の仕組みは、事業化が見えた時に不都合な部分も少なからずあるようです。

 ただし、企業が社運を賭けて望むようなテーマならば、もっと大規模で「本気の産学連携」ができるようになると思います。日本の産業界は、大企業であっても、自社だけでは克服できないような困難な課題を抱えています。大学が持つ知恵とそれを生み出す優秀な人材は、社内だけでは得られない解決策を探すための大きな力になることでしょう。物事の本質に立ち返って考えなければならないような困難な課題ほど、その解決に大学の力が生かせると思います。ただし、真剣な共同開発の場に大学院生や学生を投入するわけですから、当然参加企業には相応の支援を求めたいと思います。

 私たちは、「知の協創の場」を「本気の産学連携」を進める場にしていきたいのです。ICCPTを通じて、参加している三菱電機、ギガフォトン、東レなど産業界をけん引する企業と議論する中で、こうした構想を、リアリティを持って話せるようになりました。

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