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コラム・イベント

2015.02.05

健康社会、まずは「自分ごと」の意識―モバイルヘルスにも期待
第2回「健康長寿ループの会」 パネルディスカッション

 去る12月11日、東京大学・小柴ホールで「第2回健康長寿ループの会」が開催された。同会は、東大COI拠点「若者と共存共栄する持続可能な健康長寿社会を目指す」が企画するシンポジウムで、健康・医療研究に関わる多くの産官学のステークホルダーが業界、大学の枠を越えて集まり、健康長寿社会の実現への課題解決に向けた情報交流の場となっている。パネルディスカッションでは、「自分で守る健康社会」をテーマに、製薬、食品、生保、ヘルスケア・ベンチャー、大学といったパネリストに加え、前段の基調講演者であるIT企業や来場者も参加し、健康長寿社会のイノベーション実現へさまざまな論点で活発な議論が行われた。

会場写真

(パネリスト)
ハビタスケア 徳渕真一郎氏(東大COI)
エーザイ 鈴木蘭美氏(東大COI)
東京大学大学院医学系研究科教授 秋下雅弘氏(東大COI)
明治安田生命 営業教育部 山本英生氏
味の素 フロンティア研究所 森妹子氏

(モデレーター)
野尻知里(東大COI副機構長)

健康への取り組みを活性化するには?

東京大学大学院医学系研究科 東京大学COI「自分で守る健康社会」 秋下雅弘 教授 東京大学大学院医学系研究科
東京大学COI「自分で守る健康社会」
秋下雅弘 教授
ハビタスケア 代表取締役社長 東京大学COI「自分で守る健康社会」 徳渕真一郎 氏 ハビタスケア 代表取締役社長
東京大学COI「自分で守る健康社会」
徳渕真一郎 氏
味の素フロンティア研究所 森妹子 氏 味の素フロンティア研究所
森妹子 氏

野尻氏:「このパネルディスカッションでは、最初から会場を交えて自由な討議を行いたいと思います。まずは私から秋下先生にお聞きします。高齢者医療ではよく『薬漬け』という問題がよく指摘されます。処方側の問題もありますが、受ける側も自己負担額が低いこともあって、必要以上にお薬を処方してもらってしまうという部分もあるように思えるのですが」

秋下氏:「たしかにそうした部分はありますね。処方されているお薬に「飲み忘れ」も含めて相当な無駄があると言われています。患者側にのみ責任はありませんが、個々のリテラシーを高めることで、自分から減薬に取り組むなど、多くの無駄を減らせるのではないかと思います。また、医療機関も特に高齢者への処方には注意が必要です。例えば、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬などは、長期間の服用で高齢者の認知症を起こしやすいという研究結果も出ています。その時に必要な処方だとしても、後に認知症を誘発する可能性があるとしたら総合的に見て、この処方は今果たして正しいのか。そういう視点が高齢者医療には必要でしょう」

(会場質問)「個人のリテラシーという点では、いかに自身の健康リスクに正しく気づくかが重要です。前段のプレゼンテーションでハビタスケアの徳渕社長が『伝え方が大事』と指摘しましたが。個人の意識を高めるには何が必要でしょうか」

徳渕氏:「いたずらに危機感を煽るのではなく、まずはエビデンスに基づいた情報を正しく分かりやすく伝えることでしょう。また結果を誰が伝えるかも重要で、私たちは医療機関、企業と組んで、医療者を介した情報提供の形を取っています。一方で、より一般に健康意識を『自分ごと』にしてもらうには、例えば、「これだけ歩いたら、これくらいの疾病予防効果がある」ということを分かりやすく示すなどして、個々人の健康へのモチベーションを高める仕組みが必要でしょう。モバイルアプリなどはその点で有効なのですが、これについても私たちはしっかりしたエビデンスに基づいていることが、何より重要だと思っています」

野尻氏:「モチベーションという意味では、経済的な側面での利益がひとつアプローチになるのではと考えます。森さんのプレゼンでスクリーニング検査を受けることの便益性を指摘されていましたが、トータルの医療費がこれだけ減ったという指標が出れば、個人はもちろん、特に企業や自治体の取り組みは変わってくると思うのです」

森氏:「全体の医療費となるとデータの収集など課題はありますが、まずは自社の健保組合などで、スクリーニングを受けることで財政状態にどう影響を与えるのかなど、その効果を検証していきたいと思います」

秋下氏:「医療経済性評価は、新薬開発などにも取り入れるべき要素です。開発コストから算定するというのではなく。その薬を使うことでどれだけ疾病を改善できるか、結果、医療費をこれだけ削減できるというアウトカム評価など、これまでとは違った視点を設けるべきではないでしょうか」

臨床データの収集・活用と個人情報保護の問題

東京大学大学院医学系研究科 大江和彦 教授 東京大学大学院医学系研究科
大江和彦 教授

秋下氏:「基調講演で大江先生が指摘された、日常の健康情報と臨床情報を総合的に捉えること。これは高齢者のフレイルにおいてもすごく重要な部分だと思います。一方で大江先生が指摘されたように個人情報保護の問題もあり、難しい部分も多いのが現状です」

大江氏:「臨床履歴をデータ化し、より良い医療を起こっていくには、ひとり最低1つの番号が必要です。しかしながら例えば、風邪を引いて近所のクリニックに行って、自分の過去の知られたくない、例えばメンタルヘルスのような臨床履歴まで全部分かってしまうのは嫌だという場合もあるでしょう。そのためには必要に応じて履歴を分けられるよう複数番号を認めるべきですね」

野尻氏:「マイナンバーとの一括運用はやはり危険ですか」

大江氏:「収入に応じた医療費優遇措置などを正しく運用するなど、マイナンバーを活用する利点もあります。ただし、マイナンバーの場合、複数番号には対応できない。紐付けできるような仕組みをつくっておきながら、やはり現状は医療用の別番号で管理すべきでしょう」

鈴木氏:「海外で医療機関を受診するとパスポート番号などがカルテに記されますが。このようにパスポートなど他の既存の個人識別番号で利用できるものはないのでしょうか」

エーザイ 東京大学COI「自分で守る健康社会」 鈴木蘭美 氏 エーザイ
東京大学COI「自分で守る健康社会」
鈴木蘭美 氏

大江氏:「それもひとつの案ですが、パスポートの場合、国民全員に一律に発行される物でないということ、さらに更新によって番号が変わるという問題があります。年金番号なども同じです。既存の番号を利用するというのは経済的には有効で一見便利なようですが、漏洩リスクなどを考えると実はより危険性が高いという見方もできます」

(会場質問)「個人情報保護と共に電子化の課題は標準化だと思います。利用しやすくするには標準化は重要ですが、あまりに過度に標準化を進めると技術開発を制限してしまうという面もあると思われます」

大江氏:「標準化にはいくつかのレイヤーがあります。例えば、電子カルテのようにかなり議論が進み、統一的な運用を進めなくてはいけないものと、ウエアラブルセンサーなどモバイル機器のように、今、さまざまな製品が開発されようとしている分野では標準化のレイヤーが自ずと異なってきます。特にこれからの分野では、利用する周波数帯域をどうすべきかなどプリミティブな部分から進めれば、必ずしも標準化がイノベーションの阻害要因とはならないでしょう」

モバイルヘルスは日本で進むのか?

日立製作所 ヘルスケア事業本部長 荒木由季子 氏 日立製作所 ヘルスケア事業本部長
荒木由季子 氏

野尻氏:「今お話に出た、モバイルヘルスがどうなるか、どうしていくかはこのCOIにとっても重要なテーマとなります。けれども日本ではまだ制度面等でグレーな部分が多いですよね」

大江氏:「病院内だけで完結する医療に限界があるのは事実です。モバイルヘルスは家庭での健康データの収集などを考えると、早急に進めていかなくてはならない分野です。その障害となるのは医師と患者が相対する対面治療を厳密に求めている点。もちろん電話診療やテレビ電話での遠隔診療は禁止されているわけではありませんが、処方箋は紙で発行しなくてはいけないなどの制約があるのは事実です。モバイルヘルスを進めるには、制度をもう少し柔軟に変えていかなければいけないですね」

野尻氏:「ICTの専門家の立場から、日立の荒木部長はこのあたりどうお考えでしょう」

荒木氏:「例えば、モバイルヘルスを進めるなら、医療資格を持ったオペレーターが待機するコールセンターのような施設と地域の医療機関との連携を進めるなど、いくつかの方法があるように思います。もちろん慎重に整備しなくてはいけない部分はあります、特に医療という人の健康に関わる部分ですから。しかし一方で、この問題は医療という行為において患者が自身のリスクをどこまで認識しているのかという問題をも示しているようにも思うのです。例えば、ある治療を選択した場合、患者側にも当然応分のリスク負担は発生している。けれどもそのリスク意識は日本の場合は低いですよね。そのあたりが制度改正する側を慎重にさせる要因になっているような気がするのですが」

東京大学COI「自分で守る健康社会」 副機構長 野尻知里 氏 東京大学COI「自分で守る健康社会」
副機構長 野尻知里 氏

野尻氏:「そうですね。契約の概念がまだまだ日本の場合は少ないのかもしれません。医療行為は医師と患者との契約に基づいて行われるもので、情報提供、同意書などきちんと手順を踏むわけですが、契約だときちんと認識できているかは疑問な面もありますから。制度と意識、おそらくこれらもCOIで議論しなくてはいけないテーマなのかもしれません」

鈴木氏:「少し話題は変わりますが、日々の健康管理という面でのモバイル機器の活用ということについて。最近、私はスマホを機種変更してiPhone6に変えたのですが、そこにはヘルスケアアプリがデフォルトで入っています。今、毎日のように利用しているのですが『つくり方が上手いな』という印象を持っています。こうしたアプリが日本から生まれればと思います」

野尻氏:「まさに私もそのお話をしようと思っていました。先ごろ報道されたように、米アップルが横浜に研究開発拠点を置きますね。米国以外では初めてだそうで、実際にそこで何を開発するかは不明ですが、何か変化のキッカケになるのではと期待しています。彼らにとってもヘルスケアは狙うべき大きなマーケットであり、日本は少子高齢化の先進国です。そうしたヘルスケアのアプリなど、優れた製品が続々出てくること、そうしたインフラの進展が逆に制度を動かすという側面もあります。ぜひこの『健康長寿ループの会』での議論や交流が、そうしたイノベーションの一歩になればと思います」

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