株式会社テクノアソシエーツ

健康・医療イノベーション

2015.01.23

オープンイノベーションで実現を目指す、「自分で守る健康社会」
東京大学・センター・オブ・イノベーション(COI)に見る医工、産官学連携の取り組み

 文部科学省と傘下の科学技術振興機構(JST)が主導する「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」の研究開発プロジェクトが動き始めている。これまでにも数多く取り組まれてきた、いわゆる「医工、産学官連携プロジェクト」と今回の東大COIとは何が違うのか?「やりたいのは、オープンイノベーションのプラットフォームをきちんと作ること」と述べるのは、東京大学・COI副機構長で研究リーダーの鄭雄一教授である(写真1)。同学は、「自分で守る健康社会」COI拠点として、「健康長寿ループ」の構築と「自分で守る健康社会」の実現を目指している(図1)。

COIプログラムとは

写真1●東京大学COI「自分で守る健康社会」副機構長・研究リーダーの鄭雄一教授 写真1●東京大学COI「自分で守る健康社会」副機構長・研究リーダーの鄭雄一教授

 文科省とJSTが「革新的イノベーション創出プログラム」(通称:COI STREAM)に関する発表を行ったのは、2012年10月である。その後、COI STREAMの主要な構成要素施策であるCOIプログラムの公募を実施し、190件の応募の中から東京大学を含む12件のCOI拠点を採択した(図2)。

 COIプログラムにおける文科省のスタンスは、「10年後、どのように社会が変わるべきか、人が変わるべきか、その目指すべき社会像を見据えたビジョン主導型のチャレンジング・ハイリスクな研究開発を支援する」というものである。ここでいうビジョンには次の3つがある:ビジョン1「少子高齢化先進国としての持続性確保」⇒Happinessの実現、ビジョン2「豊かな生活環境の構築(繁栄し、尊敬される国へ)」⇒革新的思考方法、ビジョン3「活気ある持続可能な社会の構築」⇒数世紀まちづくり。

 東京大学は、ビジョン1とビジョン3でCOI拠点として採択されており、「自分で守る健康社会」COIは、ビジョン1に合致するものである。このビジョンを実現するためにカギとなる研究開発テーマとして本COIは、1.低侵襲診断・治療技術、2.低コスト創薬技術、3.健康・医療データベースの構築とその活用、という「三本の矢」を挙げている。1の低侵襲治療・治療技術では、外来で診断治療を可能とする一体型小型デバイスや家庭で健康状態を計測できる健康モニターデバイスなどを開発する。二つ目の低コスト創薬技術では、ジェネリックを含む医薬品を低コスト、高品質、高効率で製造する技術基盤の構築に取り組む。三つ目の健康・医療データベースの構築とその活用では、健康増進、疾病予防、予後管理等のためにデータベースを構築、活用を図る。

図1●東京大学COIがビジョンとする「健康長寿ループ」と「自分で守る健康社会」
図1●東京大学COIがビジョンとする「健康長寿ループ」と「自分で守る健康社会」
図1●東京大学COIがビジョンとする「健康長寿ループ」と「自分で守る健康社会」
図2●文部科学省が採択した12カ所のCOI拠点(赤枠は東大2拠点のうち今回紹介するCOI拠点)

わが国における医工、産官学連携の現状と問題点

 現在、日本の医療では医療費の高騰やそれによる健康保険の赤字、病院の「サロン化」、特に地方における医師不足など多くの問題が山積している。東大COIによる健康長寿ループの構築とそれによる「自分で守る健康社会」の実現はそういった問題を解決する可能性を秘めている。例えば、医薬品ならびに医療機器の輸入超過は我が国の財政を圧迫する大きな要因の一つである。厚生労働省の「医療機器産業ビジョン2013」によると、2011年における医療機器の生産額は約1.8兆円、そのうち約0.5兆円(約26.5%)は輸出されている。一方、医療機器の輸入金額は約1.1兆円で国内売上高の約44.4%を占める。輸出入差額(貿易収支)は、約5780億円の赤字であり、過去十数年間に渡って医療機器分野では慢性的な貿易赤字の状態が続いている(図3)。医療機器のなかでも診断系機器は貿易黒字であるが、市場規模が大きい治療系医療機器の慢性的輸入超過が貿易赤字の元凶となっている。(図4)。

図3●わが国の医療機器における輸出入の推移(出典: 厚生労働省)
図3●わが国の医療機器における輸出入の推移(出典: 厚生労働省)
図4●診断系と治療系医療機器の輸出入状況(出典: 厚生労働省)
図4●診断系と治療系医療機器の輸出入状況(出典: 厚生労働省)
図5●世界の医療機器メーカートップ30
図5●世界の医療機器メーカートップ30
(出典:Top 30 Global Medical Device Companies, Medical Product Outsourcing、2013年)

 医療機器の分野では、米国の競争力が極めて高い(図5)。その背景には、米国が医薬品と医療機器とでそれぞれ異なった規制や制度の体系を整備してきたこと、米国立健康研究所(National Institute of Health: NIH)がふんだんな予算を使い、医工、産官学連携を強力に推し進めてきたことなどがある。東大COI副機構長で開発リーダーの野尻知里氏は、医師としてのキャリアに加え米国で人工心臓の研究開発や実用化に長く携わってきた経験も踏まえ、「米国は(医工、産官学連携の)システムとそれに必要なインフラを作るのが上手い。規制インフラという点では、従来医薬品規制のなかで扱われていた医療機器をその特性に応じて規制する医療機器改正法が1976年に米国では既に施行されていた。日本では米国に遅れること38年を経て、今年11月に薬事法の大改正として『医薬品医療機器等法(薬機法)』が施行され、やっと医療機器を医薬品の規定から独立させ、独自の条文群によって規制される仕組みができたばかり」と指摘する(写真2)。

写真2●東京大学COI「自分で守る健康社会」副機構長・開発リーダーの野尻知里博士
写真2●東京大学COI「自分で守る健康社会」副機構長・開発リーダーの野尻知里博士
写真3●東京大学COI「自分で守る健康社会」機構長・プロジェクトリーダーの池浦富久氏
写真3●東京大学COI「自分で守る健康社会」機構長・プロジェクトリーダーの池浦富久氏

東大COI拠点「自分で守る健康社会」が目指す、オープンイノベーション

 野尻氏は、東大COIでは「医療機器を事業化にまで持っていく仕掛けを作らなければいけない」と力を込める。鄭教授も「現在の日本の姿勢は、高齢者医療の費用を削るということだけ。これでは今後の超高齢化社会はもたない。新しい医療産業を興す必要がある」と、東大COIによる医工、産官学連携への抱負を述べる。

 野尻氏は人工心臓、鄭教授は人工骨や人工関節と、各分野におけるエキスパートである。また、同機構長を務める池浦富久氏は、大手化学メーカーで長年CTO(技術担当役員)を務めた実績を持ち、技術経営における造詣が深い(写真3)。東大COIはこれら3名によるトロイカ体制で運営され、健康・医療分野におけるオープンイノベーションの恒久的なプラットフォームとなることを目指す(図6)。

 従来の「国プロ」の問題点を熟知している3名は、国や参加企業に対して注文を付けることも忘れない。池浦機構長は「我々は常に進化するCOIを目指している。国は米NIHを見本として責任を持ってCOIに集中して欲しい。また、企業は『お付き合い』での参加は不要。当COIにはビジネスマインドを持った研究者に来て頂きたい」と話す。鄭教授も「『エース人材』を出してもらう」と、参加企業側にも真剣な取り組みを求める。
 東大では、模擬手術室も備える拠点の建物(国際科学イノベーション拠点総括棟)が来年の2月に竣工するなど設備の面でも着々と準備が進んでいる。ヒト、モノ、カネ、それに厚生労働省や経済産業省、医薬品医療機器総合機構といった政府機関と容易に議論できる環境にある点も東大COIの大きな強み。
 「医療分野におけるイノベーションを実現するには、COIが起点となって、国の政策や規制の在り方などについても提言していくことが不可欠」と池浦機構長は強調する。
 これまでの産学官連携プロジェクトの多くは、有望な技術シーズを持ちながら、結局、市場のニーズに合致しなかったため、それを社会実装させるまでに至らないケースが余りにも多かった。COIプロジェクトは、実はそうしたことへの反省も踏まえて生まれてきた取り組みでもあるが、既存の社会システムや規制との間で良い意味での緊張関係を生み出し続けていけるかどうかに成功の鍵はかかっている。

図6●従来の大学による産学連携・医工連携モデル(上)と東大COIが目指すオープンイノベーションのプラットフォーム(下)
図6●従来の大学による産学連携・医工連携モデル(上)と東大COIが目指すオープンイノベーションのプラットフォーム(下)

「健康長寿ループの会」を継続開催

 東大COI「自分で守る健康社会」では、今後の健康・医療産業、医療保険制度、医療ICTやそれに必要なプラットフォームについて、様々な産業分野の企業、大学、および行政と広く議論し、交流を図る場として「健康長寿ループの会」を2014年6月から開催している。12月11日には東京大学・小柴ホールで「第2回健康長寿ループの会」が開催され、多くの産官学関係者が来場した。シンポジウムの基調講演では、厚生労働省、日立製作所、東大のスピーカーが登壇し、後半のエーザイ、味の素、明治安田生命、ハビタスケア、東大によるパネルディスカッションではフロアも交え活発な議論が展開された。その模様については別途報告する(関連記事)。第3回の開催は、6月頃を予定している。

テクノアソシエーツ 大場淳一

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