株式会社テクノアソシエーツ

ものづくり/レーザー加工技術

2015.08.25

レーザーでミクロな現象を自在に操り、
材料開発の新時代を拓きたい
東レ 複合材料研究所長 遠藤真 氏

 航空機や自動車を構成する材料として、強度の高い炭素繊維に樹脂を染み込ませて作った複合材料「炭素繊維強化プラスチック(CFRP)」に注目が集まっている。機体や車体を構成する部品の材料を金属からCFRPに替えることで、強度を維持しながら劇的な軽量化を図ることができる。乗り物の開発において、安全性の確保を前提としての軽量化は常に正義である。燃費を削減できると同時に、運動性能も高めることができる。石油を燃やして動く代表的な2つの乗り物の燃費を改善することで、エネルギー資源の有効活用やCO2排出量の削減など、現代社会が直面する課題の解決策として期待されている。そんないいことずくめのCFRPも、コストが高いこと以外に技術的に一つ大きな課題を抱えている。思い通りの形状に加工することが困難なことだ。これは、高い強度を持つ材料の宿命でもある。東レは、文部科学省の研究開発支援プログラム「COI STREAM」のテーマのひとつである「コヒーレントフォトン技術によるイノベーション拠点(ICCPT)」の中で、CFRPを効率よく、かつ高品質に加工する技術を確立すべく、レーザーの照射でCFRPに起こる現象の把握に取り組んでいる。マクロな化学反応、物理現象を自在に操ってさまざまな特徴を持つ材料を生み出すことに関しては他を圧倒する知見を持つ同社だが、レーザーの照射で起きるミクロな現象を操る分野は未踏の領域。研究を指揮する東レ 複合材料研究所長の遠藤 真氏(写真)に、ICCPTで取り組んでいる技術研究の概要と今後の展望を聞いた。

——CFRPの利用拡大に対する期待が高まっています。

写真●東レ 複合材料研究所長 遠藤真 氏
写真●東レ 複合材料研究所長 遠藤真 氏

 遠藤 CFRPは、軽くて強い材料です(図1)。引張強さを比重で割った比強度、弾性率を比重で割った比弾性率も共に、アルミニウムなどの軽金属材料よりも、格段に優れています。乗り物をかたち作る材料として金属材料に替えて利用することで、エネルギー消費の削減やCO2排出量の削減に大いに貢献できます。

 飛行機が生産され、その後10年間運用された後、スクラップになるまでの間に消費される総エネルギーのうち、99%が燃料を燃やすことで消費されています。CFRPの採用によって機体を軽量化できれば、燃料の消費量を大幅に削減できるのです。炭素繊維を作るときに多くのエネルギーが必要になりますが、その増分を勘案しても圧倒的に省エネルギー化できます。航空機を構成する部品の50%をCFRPに替えると、機体の重量は約20%軽量化します。この結果、10年間のライフサイクルの中で炭素繊維1トンあたり1400トンのCO2総排出量の削減効果が得られます。自動車も同様に30%軽量化した場合、航空機と同様に10年間のライフサイクルの中で炭素繊維1トンあたり50トンのCO2総排出量の削減効果が得られます。国内には、旅客機が430機、乗用車が4200万台あると言われていますから、それらに炭素繊維が採用されて軽量化による燃費向上を図ればその削減効果は2200万トンになります。これは日本国内のCO2総排出量の約1.5%に相当します。

 航空機では、主たる荷重を負担しない二次構造材という部分から採用が始まり、信頼性面での実績を20年間積み上げて一次構造材の本格採用にこぎつけました。1995年から運用が開始されたBoeing社の「777」で垂直尾翼、水平尾翼、フロアビームに採用されたのです(図2)。そして2011年に就航した「787」では、主翼、胴体、中央ウィングボックスなど機体重量の約50%が、CFRPとなっています。

図1●2015年夏頃にはDRAMなどの製造に適用できる250W出力実証を目指す予定(資料提供:ギガフォトン)
図1●飛行機や自動車を構成する材料の特性と、CFRP化によるCO2の削減効果(資料提供:東レ)
図2●Boeing社においてCFRPが飛行機に採用された部位の変遷(資料提供:東レ)
図2●Boeing社においてCFRPが飛行機に採用された部位の変遷(資料提供:東レ)

——順風満帆に見えるCFRPですが、ICCPTで研究・技術開発すべきどのような課題があるのでしょうか。

 遠藤 CFRPは、優れた特性は有していますが、切断や穿孔加工が金属材料と異なるという課題を抱えています。例えば、飛行機では、部品同士をリベットでつなぎ合わせている箇所が多くありますが、部品をCFRPで作ると、リベットを通すための孔空け加工に苦労しています。通常こうした孔空け加工にはドリルを利用しますが、CFRPは金属に比べて硬いため、工具がかなり早く摩耗してしまうのです。しかも、加工面をきれいに仕上げるために、加工時間も長くかかっています。切断加工においても、ダイヤモンドカッター等を用いた機械加工ではドリルの場合と同じ課題があります。

 つまりCFRPでは、加工法のさらなる改善が求められています。飛行機や自動車の部品を作るメーカーにとって、加工性は、材料自体の特性と並ぶ、材料選定時の重要なチェックポイントです。今後CFRPの応用分野を広げていくうえで、効率よく、高品質に加工できる手法の確立は欠かせません。

——そもそも、材料メーカーである東レにとって、レーザー技術を開発するICCPTは、畑違いであるようにも見えます。ICCPTに参加したきっかけをお聞かせください。

 遠藤 CFRPの加工法として、レーザー加工を適用できる可能性があることは分かっていました。しかし、私たちはレーザーに関して深い技術を持っているわけではなかったため、レーザーを自力で使いこなしてCFRPの加工に適用できるようにすることができませんでした。

 もちろん、レーザー加工機のメーカーと連携して技術開発を進めるという方法も一つの選択肢になります。しかし、特定のワークに合った加工条件が偶然見つかったとしても、ワークを変えても加工条件を的確に調整できる知見が得られていない限り、応用を広げることはできないと考えたのです。また、今後CFRPを改良して材料自体の特性が変わった場合、加工条件を一から決め直さなければならなかったり、最悪加工できないがために実用化できなくなる可能性もあります。こうした残念な事態を未然に防ぐためには、レーザーの照射でCFRPがどのような原理で加工できるのか、しっかりと把握する必要があったのです。

 こうした中、弊社の研究・開発企画部のメンバーが当時ICCPTの研究リーダーであった五神 真先生とお話する機会がありました。そして、レーザーで起きる現象を原理から把握する場としてICCPTがあることを知りました。ただし、最初からCFRPの加工に応用することを考えていたわけではありませんでした。これまで材料屋が使っていなかったレーザーという技術で、炭素繊維の改質といった未知の可能性があるのではと感じ、レーザーという技術に惹かれたのです。そして、ICCPTへの参加に向けて研究テーマを詰めていく過程で、CFRPの加工を研究の入り口にすることが最適であると考えました。

——今ICCPTの中では、どのような取り組みをしているのでしょうか。

 遠藤 まず、私たちが持っている標準の材料をレーザーで加工し、どのような現象が起きているのか詳しく調べています。ICCPTに参加している仲間である三菱電機の方々の協力を受けながら実験を進め、結果をプロジェクトリーダーの湯本潤司先生、研究リーダーの常行真司先生を始め、東京大学や理化学研究所の方々とディスカッションして、知見を深めています。

 一例を挙げると、切断する方向やレーザーのエネルギーの違いによって、レーザーの照射で発生する熱で受けるダメージがどのように変わるのか、傾向をつかもうとしています。CFRPは、炭素繊維と樹脂という物性が全く異なる素材の組み合わせで出来ているため、双方の加工後の品質を揃えることがとても難しい材料です。加工面が粗くなってしまうと、そこから破壊が進んでしまいます。加工スピードと効率を向上させながらも、加工品質と加工後の物性が既存の加工法と同等にできる条件を探っています。起こる現象の傾向が少しずつつかめてきたので、今後は系統的にデータを取得して、現象の理解を深めていきたいと思います。

 炭素繊維の改質に関しては、これから着手するところです。いろいろとアイデアは出ているのですが、利用可能な改質手法を生み出すためには、まずレーザーに関する知見と、起きる現象を自在に扱うための経験値を高める必要があると考えています。炭素繊維にレーザーを照射することで炭素原子がどのように振る舞うのか、キッチリと調べて準備したいと思います。現実の炭素繊維の結晶構造は、それほどきれいなものではなく、さまざまな欠陥を含む乱れた状態になっています。こうした材料にレーザーがどのように作用するのか、とても興味があります。東京大学では、レーザーを使ったさまざまな物質の評価技術が使えます。こうしたインフラを活用して、どのような方針でアプローチすれば炭素繊維を改質できるのか、あたりをつけたいと考えています。私たち材料屋は、現象をマクロ的な視点から考えることが多いのですが、レーザーが引き起こすミクロな現象が未知の物性を生み出すのではと期待しています。

——ICCPTは、オープンテーブルで技術開発を進める場です。東レが、こうしたオープンな場に参加する意義をお聞かせください。

 遠藤 専門性の異なる多くの方々から、さまざまな角度からの意見が聞ける場は、本当に得難いと感じています。私たちは、専門分野外の技術であるレーザーの照射によって材料に起きる現象を的確に理解するためには、材料屋が持っていない視点を出してもらえる仲間の存在がとても重要です。異分野融合・異文化融合による新しい技術の創出に期待しています。また、材料屋同士が集まると、どうしても何らかの利害関係が出てきてしまい、オープンな場でも全てをさらけ出して議論するわけにはいかなくなります。ICCPTには、専門分野や立場が違う方々が数多く参加しているため、かなり率直な意見交換ができているように思えます。分野が違えば、ものの見方が大きく異なることを勉強させてもらっています。

——ICCPTへの参加を検討する企業にメッセージをいただけますか。

 遠藤 私たち自身、従来関わってこなかった分野に飛び込んでいくことの重要性をひしひしと感じています。応用の広がり、ビジネスへのインパクトの大きさ、学理の裾野の広さ。ICCPTに参加してレーザーという技術が生み出している世界の奥深さを初めて実感することができました。私たちは、CFRPの加工からレーザーに関わることになりますが、その先には加工にとどまらない大きな可能性を感じています。一つのテーマを、違った視点を持った人が集まって共に考える場はなかなかありません。レーザーという技術が、目の前の事業に関係していなくても、まず飛び込んでみると、見えなかった世界が見えてくるかもしれません。

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